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東京地方裁判所 平成10年(わ)1368号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、A’ことA、B及びCと共謀の上、Cのために被告人の氏名を冒用して被告人名義の一般旅券を不正に入手しようと企て、平成七年一一月七日、行使の目的で、ほしいままに東京都豊島区東池袋三丁目一番三号サンシャインシティ内ワールドインポートマートビル五階喫茶店「トラベルボックス」において、Aが外務大臣あての一般旅券発給申請書正本用の本籍欄に「東京都江戸川区《番地略》」、現住所欄に「東京都江戸川区《番地略》第5甲野ハイツ101」と、Cが所持人署名欄及び申請者署名欄にそれぞれ「D」と各冒書し、右ワールドインポートマートビル五階東京都生活文化局国際部旅券課池袋分室内において、Aが右申請書署名欄の名下に「D」と刻した印鑑を押捺した上、Cの顔写真を貼付し、もっと、有印私文書であるD作成名義の一般旅券発給申請書一通を偽造するとともに、その他所要欄に適宜虚偽の記載をするなどし、同日、Cの指定した代理人を装ったBにおいて、右東京都生活文化国際部旅券課池袋分室において、同課職員に対し、右偽造に係る一般旅券発給申請書一通を真正に作成されたもののように装い、Cの顔写真及び被告人の住民票など必要書類とともに提出して行使し、東京都知事を経由して外務大臣あてに一般旅券の発給を申請し、そのころ、東京都千代田区霞が関二丁目二番一号所在の外務省外務大臣官房領事移住部旅券課に右申請書を回付させて虚偽の申立てをし、よって、同月一五日、右東京都生活文化局国際部旅券課池袋分室において、Cが、同課職員から、外務大臣の発行した右申請に係るD名義の一般旅券(旅券番号MP六八四九〇六四)の交付を受け、もって、不正の行為によって旅券の交付を受けたものである。

(証拠の標目)《略》

(事実認定の補足説明)

弁護人は、本件一般旅券申請書は被告人名義であるから、被告人には同申請書の偽造罪及び行使罪は成立せず、また、旅券法違反についても共同正犯は成立せず、幇助罪が成立するに過ぎないと主張するので検討するに、関係証拠によれば、以下の事実を認定することができる。

1  被告人は、平成七年一〇月下旬ころ、Aから中国人で日本人名義の旅券を欲しがっている者がいるので名前を貸してくれと頼まれ、六〇万円の報酬を受けることを条件にこれを承諾した。

2  その後、Aから連絡を受け、旅券発給申請に必要な戸籍謄本、住民票、健康保険証、印鑑登録証明書を準備し、自己の印鑑とともにこれをAに渡して、

3  Aらは、判示認定のとおり、被告人名義の一般旅券発給申請書を作成し、被告人から交付を受けた右書類等を用いて一般旅券の発給を申請した。

4  その後、Aは被告人の右戸籍謄本、印鑑等を被告人に返還し、その際報酬の一部として三〇万円を被告人に渡したが、その際被告人はAに対して報酬として五万円の上乗せを要求し、Aはこれを了承した。

5  これから約一週間後、被告人の下に旅券交付に関する葉書が届いたので、被告人は、Aに対して右葉書及び被告人の健康保険証、印鑑を渡した。

6  Aらは、判示認定のとおり、被告人から交付を受けた右書類等を利用して一般旅券の交付を受けた。

7  その後、Aは被告人に対して右書類及び印鑑を被告人に返還するとともに、報酬として三五万円を被告人に渡した。

そこで検討するに、なるほど本件一般旅券発給申請書は被告人名義であるが、一般旅券発給申請書は、その性質上名義人たる署名者本人の自署を必要とする文書であるから、例え名義人である被告人が右申請書を自己名義で作成することを承諾していたとしても、他人である共犯者が被告人名義で文書を作成しこれを行使すれば、右申請書を偽造してこれを行使したものというべきである。そして、被告人は文書偽造及び同行使の実行行為自体は行っていないものの、前記認定した事実、殊に、本件犯行の実現のためには被告人の関与が不可欠であったこと、六五万円という多額の報酬を受領していることなどに照らせば、被告人は自己の犯罪として右犯行に関与したものというべきであって、共謀共同正犯としての責任を負うものである(被告人が右偽造文書の名義人であり、単独では正犯にはなり得ないことは右結論には影響しない。)。同様の理由により、被告人には旅券法違反の共謀共同正犯が成立するものと認められるので、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、一般旅券発給申請書を偽造した点は刑法六〇条、一五九条一項に、これを行使した点は同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、不正の行為によって旅券の交付を受けた点は同法六〇条、旅券法二三条一項一号に該当するが、右の有印私文書偽造とその行使と旅券法違反との間には順次手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として刑及び犯情の最も重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑)懲役二年

(裁判官 高山光明)

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